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「あとひれ・クオリティオブライフ!」他人の時間ではなく自分の時間を生きる。こころについて探求・高校野球をこよなく愛するブロガー。

月曜日が死ぬほど憂鬱なひと。「人生振れ幅説」を極めし者。

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    現在月曜・朝5時。いつもこの時間に目が覚める。すでに習慣?仕事への緊張でドキドキし目が覚めてしまう。

 

本当は朝6時半くらいまで睡眠時間を確保したいのだが脳が心の目覚まし時計を強引に鳴らしてくる。

 

思い返せば昨日、一昨日の休日は最高に楽しかったなぁ。

 

人生振れ幅説

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人生振れ幅説・・・古時計のように、左に嫌なことの振れ幅が大きければ大きいほど、反動で右へ幸せの振れ幅が大きい。何気ないことでも大きく幸せを感じることができる。

 

 わたしは「人生振れ幅説」を強力に信仰している。

 

昨日、こんな当たり前のどうでもいいことに幸せを感じた。

・家族全員と夕食をした。

・息子と野球をした。

・桜が奇麗だった。

・布団に入って息子の寝顔を横に寝るのが幸せだった。

 

「母の人生」何が幸せなのかわからなかった。

 

小さいころから母は休日に「幸せだね」よく口にしていた。

 

しかし母のこんな生活の何が幸せなのかちっとも理解できなかった。むしろ不幸だと思っていた。

 

朝早くから農作業、日勤の仕事、帰宅後家事、毎日のヘビーローテーション。とくに農作業では休日も削られ実質休みはナシ。

 

友達と遊ぶわけでもないし外出もしない。これといった趣味もない。こんなふうにだけはなりたくないとさえ思っていた。

 

 

母ちゃんさあ「幸せ、幸せ」って言うけど何が幸せなの?

 

 

だって幸せなんだもの。大人になったらわかるかもね笑

 

 

 

幸せは十人十色であり、決して強制されるものではない。

 

母親は幸せと強引に思い込んで不幸せをかき消すようにしているかと思ったのだが、どうやら違うらしい。

 

母は本気で「幸せ」を感じていたようだ。

 

最近わたしも少しわかってきた気がする。平日はとても厳しいが、土日はその反動で楽しすぎる。最高だ!

 

このきっつい平日が無ければ休日の最高すぎる気持ちを味わえないのではないか?

 

人生振れ幅説を極めた人は空を見ただけで幸せを感じるらしい。

 

道端にひっそりと咲いているタンポポを発見しただけで幸せを感じるらしい。

 

人生振れ幅説を極めし者

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   母親は、わたしなんかとは比べものにならないくらい過酷な仕事をしていた。

 

人生振れ幅の法則を当てはめると、わたしが感じている以上に母親は最強の幸せを感じていたのではないか!?

 

これ以上過酷な仕事はゴメンだが、母親が羨ましくもおもう複雑な気持ちもある。

 

幸せの価値観は十人十色であり、決して強制されるものではない。小さい頃からテレビや学校で洗脳され続けたからこそ世間の幸せとのギャップに勝手に苦しむ。

 

誰がなんと言おうと、自分が幸せならそれでいいじゃないか。

 

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