AQOL

「あとひれ・クオリティオブライフ!」他人の時間ではなく自分の時間を生きる。目指すぜ!QOL100%。

壊れた腕時計をつけ続ける理由。

たぶんわたしあとひれ (@atohire) は変わっているのだとおもう。昨年に約10年愛用した腕時計が壊れたのだが、左手には変わらず腕時計をつけ続けている・・・。

 

この腕時計は

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引用:アンティーク時計とは - 昔の懐中時計や手巻き式の腕時計のこと | メルシーウォッチ

この時計は特段高いわけでもなく、ロレックスでもなければオメガでもなく、とあるメーカーの普通の腕時計である。しかし10年も愛用していると体の一部となっており、左手にはなくてはならない存在。といいますか落ち着かない。ちょっとした精神安定剤となっている。

 

しかしこの時計は時間を刻んでいない。時間を確認することは決してなくモッパラiPhoneである。時計という役割はすでに果たしていないのだ。

 

わたしのことを何でも知っている

この既に時計という役割を果たしていないモノを何故続けるのか?理由の一つに「精神安定剤」となっていることである。なぜ精神が安定するのか?それはわたしのすべてを知っているからである。

 

嬉しかったとき、楽しかったとき、怒ったとき、悲しかったとき、泣いたとき、情けなかったとき、恥ずべきことをしたとき、感動したときなど、良いことも悪いことも、ここ10年すべてのシーンを共有しており、わたしに一番近い存在なのである。

 

壊れた腕時計をつける美学

壊れた腕時計などをつけ続ける輩は日本で私ぐらいではないだろうか?

 

わたしの仕事関係のある方はよく腕時計をみてくる。その方はオメガの高級時計で、おそらく比較されているのだろう。

 

「これいくらしたの?」

「軽いねぇ~」

「そろそろ買えよ!」

 

など軽い軽蔑をいただく。

 

壊れてからは見られていないのだが、コレを見たらどんなリアクションをするのだろう?楽しみでしょうがない笑

 

高級時計でもなければ、人間でいったら老衰で亡くなったレベル。そんな何も価値がないものをいまだに左手につける。しかし自分の一番近い存在。ハード面では全く価値はないかもしれないが、ソフト面ではわたしにとって相当な価値がある。わたしのなかでは高級時計すでに凌駕している。

 

これからも誰かに馬鹿にされようとも、この壊れた腕時計をつけ続ける。

 

そんな独自のもの、感覚だけは失いたくない。

 

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